孤児院にて
「エム、オー、エヌ、エス、・・・モンスター?」
「違うわ、それはねモンステラって読むのよ。」
「”モンステラ”」
まだ7歳だった僕は英語が読めなかったね。
施設の英語教育係のミスファビーはふくよかな体と
イギリスの口を持っていた素敵な人だった。
よく午後は退屈そうに遊びまわる子ども達の中で
ミスファビーと英語を勉強していたが
「あの子ども達は皆、メリーゴーランドだったのかもしれない。」
と言って終始、談笑もしていた。
施設には子ども分の長机と椅子、テラスや日差しもあったし
モンステラと僕は居心地よく根を張っていた。
あの時、ミスファビーに小説や詩歌の面白さを説かれていなかったら
僕はもしかしたら社会や物理の教師になっていたかもしれない。
今となってはわからないが。
「ミスファビー、生きるのは大変?」
「そうね、勿論。ただ生活をするのは簡単。」
見て、とミスファビーは僕の肩を引き寄せて、
走り回る子ども達を見せた。
「あなたはあの子たちと違うわ。特別。
あなたはもう既に生きることを始めている。
あの子達はただ生活を終えているだけ。
そう、あなたはモンステラみたいね。」
ハワイにはモンステラの葉が成長して穴が空き、
そこから太陽の光が差し込むから、
希望の光を導くって言われているのよ。と
ミスファビーは大きな体で僕を抱きしめた。
僕は素直に照れたけど、何だか彼女の体は
クッキーが焦げた匂いがして嫌いだとも思った。
この学校の図書館にはモンステラが飾ってある。
大きな図書館だし、観葉植物と言われたらモンステラだ。
でもモンステラの穴は大きい。
大きすぎて自らの体を割いてしまっている。
艶やかな葉に指を這わせ、その輪郭をたどっても、
すぐに破綻してしまう。素敵な植物。
僕は児童養護施設の英語教師殺害事件が掲載されていた古新聞を司書さんに戻してもらい、
いつも入り浸っている図書館の二階に上がって、書庫のソファに座った。
天窓から差し込む光が空気の渦を描く軌跡をあらわにしている。
階段を上がる音が聞こえる。
今日もモンステラは何も隠しきれないらしい。
「先生、今大丈夫ですか?」
瀟洒な身なり、3年生かな。
女生徒は希望に満ちた光であふれている。
「いいですよ、どうかしました?」
モンステラ自身は希望を感じるのだろうか。
いや、彼は、彼自身の希望以外を通さない。
こちらの穴へ誘うけれどもそこから先は知らん顔。
長い髪を絡めとって肢体をまとって。
もう少しだけ大きくなってから、モンステラの語源を見つけた。
monstrum、という奇怪、異常を意味するラテン語だった。
何だ、やっぱり僕は特別なんだ。
女生徒は泣きながら許しを請うたが、僕の穴は広がるばかりだった。
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